2012年8月10日金曜日

イ・ヨニ・ファン・ジョンウム, 惜しくないわけ

- < 幽霊 > 科 < ゴールデンタイム > で本 'タルメルで'の兆したち

[エンターメディア=子株陣のメルロホルリック] よく言う '我が国のドラマの大部分はメロドラマ'とする時, メールへの意味は二つだ. 一つはメローすれば一番先に浮び上がる恋人間の愛を盛った話, すなわちラブラインが中心を成すのだ. 他の一つはもうちょっと広い意味で人間たちの間の関係と感情を描くことだが, 例えば親子死や姉妹兄弟の間の愛, あるいは友情や義理, 仲間の愛など人間たちの間の粘っこくてじくじくな感情を盛る.

この二つのメールでは我が国のメロドラマを支える中心柱で, どんなふうでもメローラインが抜けたドラマを想像することはほとんど不可能に近い. 特にラブラインは韓国メロドラマの生命なのに, トレンディドラマが盛んな以後では史劇, 政治物, メディカル, 諜報物などほとんどすべてのジャンルドラマでまでラブラインが必須だった.

ところで最近ジャンルドラマたちが類例なしに引き立ちながらドラマの中メローに新しい現象が現われ始めた. ラブラインの比重と強盗が目立つように減り始めたのだ. < 追跡者 > , < 幽霊 > , < ゴールデンタイム > このそうで, もうちょっとさかのぼれば < サイン > 科 < 根深い木 > がそうだった.

このドラマたちの特徴は以前のドラマたちと違いラブラインがほとんどないとか非常に弱いにもかかわらずドラマが大きい反響と成功をしたというのだ. < 根深い木 > の場合, 世宗(ハン・ソッキュ)と小異(シン・セギョン)のメールでがなかったことが実際小異の性格を弱化させたし, したがって牛とメローを形成した姜チェ・ユン(チャン・ヒョク)の性格さえ弱化させる結果をもたらすことはした. しかし世宗と小異のメールでがあったら, 世宗の狂気に近い指摘熱情と愛民意識は確かにそれ程引き立つことはできなかったはずだ.

< 幽霊 > この初盤の期待と違いパク・キヨン(ソ・ジソブ)とユガングミ(イ・ヨニ)のラブラインを敢然と排除した時, この人物たちは活動半径や役目でもうちょっと自由になったし犯罪事件と捜査の緊密さと緊張の密度も高くなることができた. 勿論 < 幽霊 > この中盤にぐずぐずして力が落ちたことはメローラインの不在のためではないチョ・ヒョンミン(オム・ギジュン)の復讐の事情, 財閥家の暗闘がとても不実だったところに原因があった.

< ゴールデンタイム > の場合も中盤になるように主人公である将材である(ファン・ジョンウム)とイ・ミヌ(イ・ソンギュン)のラブラインはまだ始動がかかっていない. それでも全然惜しくないことはドラマ全体構図でこれらのラブラインはあまり重要でも必須でもなく見えるからだ.

こんなにジャンルドラマたちが活性化になって, またジャンルドラマの中でラブラインたちが弱化されることはドラマ全体地形で発生する一種の 'タルメルで' 傾向だと見られる. トレンディドラマたちが弱気を見せながらあらゆるジャンルたちの入りまじるザングルホンゾングが多くなって, 家族ドラマの中でボックスグックドルが生じることは確かに全般的な 'タルメルで'の時代的兆したちと係わっている.

それでもこれが前で言った二番目, 広い意味のメローさえ消えているということを意味することではない. ラブラインが弱化される代わりにこのドラマたちにはラブラインを取り替えるに値するおもしろくて魅力的なメローラインたちがある.

< 幽霊 > では機影と講米より機影と未親ソグォンヒョックズ(グァックドワン) の間でもっとはちきれて緊張されたメールでが形成される. お互いにうなってなんだかんだと言いながら信頼と情を積む二人は誰がスパイなのか誰が敵なのかわからない警察組職中で危機に追われる度にお互いを求め出しながら最後の瞬間まで末まで一緒に行く.

< ゴールデンタイム > で一番おもしろいメローラインは応急室外科医チェ・インヒョク(理性民)とマネージャー新ウンア(ソン・ソンミ)の関係だ. 二人の疎通と紐帯は確かに男女の間の恋心とは違う色の物だが, 甚だしくは愛より深い愛を感知するようにする. 二人の間を綿綿として流れる尊重と思いやり, 理解と共感, 憐愍はかなりの愛情関係よりもっと弱弱しくて切ない.

また一つのメールでは師匠と弟子であるチェ・インヒョクとイ・ミヌの間で発生する. 民友のインヒョックに対する無条件的信頼とインヒョックの民友に対する信望, お互いに対する好感とひかれることで結ばれる二人のメント-メンティグァンギェはこのドラマが病院内でインヒョックの送るによって搖れる民友の成長ドラマなのを見せてくれる.

しかしこんなメローラインたちが引き立つことはあくまでも相対的なのだ. ドラマの中心を成したラブラインたちが消えながら相対的に細かしいメローラインたちが注目されるというのであって, そのものが絶対的に重要になったり比重が大きくなったということを言うのではない.

何よりこんなメールでが生き返えることはこのドラマたちがジャンル本然の事件と話を充実にさせ出すことで可能になったのだ. メールでが先にあってそれによる事件が発生するのではなく, 反対にジャンル的葛藤と緊張がメールにまで作り出す. すなわちジャンル的事件がメローより優先して, メールでは副次的で付加的なのだ.

機影とヒョックズの関係でも, 機影と講米の関係でも, またはインヒョックとウンアの関係でも, インヒョックと民友の関係でも, このドラマたちでメールでは結局人間たちの間の友愛, 紐帯, 同志愛などに異同ではない. そしてこれはこのごろジャンル物たちが主に描いている無慈悲で冷酷な組職論理と競争メカニズムにかろうじて対抗する方法でもある. これがタルメルへの兆しの中でも韓国式ジャンルドラマが相変らずメロドラマ日数しかない理由だ.

コラムニスト子株陣 joojin913@entermedia.co.kr

[写真=MBC, SBS]

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